自衛隊について

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 サイト内のすべてのページが完成している訳ではありませんが、自衛隊の装備画像をご覧になり、自衛隊・・・陸上自衛隊中心に海上自衛隊、航空自衛隊がおぼろげながらでもおわかりいただけるとうれしいです。

 当サイトにお越しいただけたのも何かの縁でしょう。
どうか、彼ら(国防に携わるすべての自衛隊員・自衛官および防衛省関係者等)のことを理解していただきたく思います。

 この種の話は、どうしても政治的な方に進み、感情論になることが多いですが、私(TOM中佐)はなるべくサラリといきたいと思いますが、最初はちょっと泥臭い話からしなくてはなりません・・・。

 最後まで読んでいただけたら幸いです。


自衛隊
がこの世に生まれてから、長い間・・・、

 世間に白い目で見られても

 罵声を浴びせられても

 汚いシュプレヒコールを受けても

 自衛官達は「愚直」に・・・ひたすら「愚直」にそれらに耐え、それぞれの持ち場でこの「国の繁栄と独立を守る」という、己の任務を遂行してきました。

 怒りたくても怒らないで、怒鳴りたくても怒鳴らないで、ひたすら「愚直」に任務をこなし、耐えてきました。

彼ら
自衛官に、「自分の任務よりもつらいことはなにか」と問えば、きっと「世間の風当たりの強さ」とこたえるでしょう。
(自衛隊そのものの否定や自衛隊への批判・侮辱等)

 しかし、自衛官たちは本音を言いたくても「言えない」のです。

 創隊当時の組織から見れば、現在の自衛隊はずいぶんと世間に認められるようになったものです。

 過去の警察予備隊、保安隊、そして自衛隊と国防組織が成長しつつある当時は、戦後間もない時期でもあり、日本国民のほとんどが「軍事アレルギー」を患っていましたから、自衛隊に対してはそうとう風当たりが強かったのです。

 警察官なら・・・、
 自らの危険を顧みず、犯人逮捕のために捜査するなどして市民の安全を確保し、社会生活の秩序を保つ治安維持を担う頼りがいのある存在として、世間はその働きや貢献度を認め、感謝するでしょう。
 
 消防士なら・・・、
 自らの危険を顧みず、炎の中に飛び込み、火災から命や財産を守ってくれる頼もしい存在としてその勇気とたくましさに賛美を贈るでしょう。
 
 海上保安官なら・・・、
 自らの危険を顧みず、海難事故や不審船に対して目を光らせ、海上の安全と安心を守る「海猿」としてその活躍に賛辞を贈るでしょう。

 そのほか自らの命をかけて、国民の生命・財産などを守り治安を維持する仕事は、いずれも、国民の信頼と期待を背負っていますから、それだけにやりがいのある仕事であり、自分の仕事に誇りと自信を持って活躍している方も多いでしょう。


では自衛隊は・・・自衛官は・・・どうですか?

 自衛隊という存在は、現在では「なくてはならない存在」として誰もが認める組織となりました。

 世の趨勢といえばそれまでですが、自衛隊創隊以来、国防のために地道に任務に邁進してきたすべての先輩自衛官一人ひとりの努力があってこそ得ることのできた国民からの「信頼」だと思います。

 不断の努力と血のにじむような苦労の上の「信頼」であることを忘れてはなりません。

 しかし、創隊以来これほどまでに大義名分のない、長い間、国民に存在意義を認められなかった、戦うことの許されない孤独な陸の、海の、空の兵士たちは他にはいません。

 誇りを持てといわれても誇りを持てる実感のなかった彼ら自衛官たち。

 侵略のためではなく、わが国を守ることでさえ、数々の法に阻まれ、侵入する敵を阻止することが容易ではないのです。こんなばかげたことがあっていいのでしょうか(※1)。
 ※1について理解しやすいものとして(参考までに):「宣戦布告」→ウィキペディアこちら

 わかっていただけますか?そういう彼らの存在を・・・。

 戦車を「特車」と、歩兵を「普通科隊員」と、砲兵を「野戦特科隊員」といわなければならなかった時代。

 兵器を「装備」と表現しなければならない状況。

 陸・海・空すべての戦力を放棄させたマッカーサー憲法ができた時代背景。

 「自衛隊」という名の軍隊と呼べない国防組織・・・。

 戦車、護衛艦、戦闘機という誰が見ても戦う力(防衛のための力)、すなわち「戦力」を持ちながら、政府見解は自衛のための必要最小限の「実力」であり「戦力」ではないという「コトバのマジック」。

 いったい誰のために、いつまでごまかし続けるのでしょうか?

 いったい誰がこの国を守るのでしょうか?

 いったいこの国は誰の国なのでしょうか?

 いまこそ国民は大いに考える必要がありましょう。
 
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 しかし、何とかしなければならないと誰もが感じていたはずの・・・現実離れした憲法をそのまま改正せずに見て見ぬふりをして今まで来た「ツケ」は計り知れないほど大きいのも現実です。

 誰がその「ツケ」を払うのでしょう?

 その「ツケ」に気付くためには、国民が「痛い思い」をしなければならないのでしょうか?

 「痛い思い」をしなければ気付けない情けない国に成り下がったのでしょうか?

 平和ボケした日本人は、わが身の享楽にのみに没頭し、まるで危機感のない状態に焦りすら覚える昨今、北○○の金○○にテ○ドンでも撃たれて被害を受けた方がよっぽど目が覚めるのではないかという荒っぽい意見も聞かれます。

 そういう平和ボケの中で刹那な遊びに興じている一方で、いや、そのくせ一方で、台風、噴火、地震などの自然災害では、当たり前のように自衛隊を出動させ、自衛隊を頼り、自衛隊の装備を使ってその恩恵にあずかっているのです。

 それらが当たり前のようにです。もちろん、自衛隊の任務には災害に対しての任務も含まれていますが、これではたして自衛隊の存在価値が認められたのでしょうか?

 装甲兵員輸送車は、火山弾から市民の身を守る特殊車両で、指揮通信車は悪路を走破する最前線指揮所となるのでしょうが、その時だけですか?自衛隊の存在意義があるのは・・・。

 もしも自分(サラリーマンの方でも自営業の方でも)が、数々の法律の狭間にいて、自分の仕事や任務が思うようにできない状況を考えてみてください。

 職業人としての自分の存在や所属する組織が法律的に曖昧な立場にあったら・・・。

 思う存分、仕事ができますか?
 
 いざというとき、戦わなければならない自衛官は、本気で戦えますか?

 そのような立場にいたら、そんな都合の良い使われ方をする職場に、組織に、仕事に誇りが持てるでしょうか?

 自信が持てるでしょうか?

 信念を持って戦えるでしょうか?
 
 そもそも、守りたい人を守るために戦えますか?

 守りたい人がいるこの国を救えますか?
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それに
、こういうことも考えてみてください。


 演習場や港にまで押しかけて「自衛隊反対!戦争反対!」と叫んでいる、自衛隊にとってはまことにありがたくない偏った考え方を持つ「反戦平和」の人々。


 罵声を浴びせるそのような人々も、彼ら自衛官は災害時などは、手をさしのべて救うのです。

 救助しているまさにその時に、選り好みをする訳ではないのです。

 相手がどのような人だとしても分け隔てなく救うのです。

 この人は救うけれど、この人は以前から反対していた人だから救わない(災害時にそんなことはいちいちわからないでしょうが)、などと考えてはいないのです。

 ただひたすら被災者の安全の確保と救急・救命の任務をこなすこと。それだけを考えています。

 それがどういうことを意味しているかおわかりになりますか?

 赤い旗を振り、自衛隊を侮辱し否定する偏った考えを持ち、この国を護ることを放棄しているような人々は、ぜひ災害時には自衛隊のお世話にならないでいただきたい。

 自ら救助を辞退していただきたい。

 首から「自衛隊は私を救わないでください。

 自衛隊のお世話にならず、自力ですべて対処します」という札を首から掲げていただきたい。

 地震や台風、その他の自然災害等で被災しても自衛隊の炊き出しやテント、給水、お風呂などの世話にならないでいただきたい。

 ふだんは自衛隊を侮辱し否定し蔑む人々が、「万が一の時にはちゃっかり恩恵を受ける」というのでは釈然としないのです。

 あまりにもムシがよすぎる。

 そう思いませんか?赤い旗を振って「○○反対!反戦!平和!」と叫んでいる(叫んでいた/叫ぼうと思っている) ・・・「あ・な・た」たち。

 しかし、たとえそのような札が首からさげてあったとしても(それはそれですごいことだと思いますが)自衛隊は救います。

 ※自衛隊否定論者等サヨクの方々に対して本当にそうしてほしいというのではなく、改心してほしいと願い(皮肉も)を込めて表現しています。


 絶対反対といっている偏った思想を持っている人々は、自衛隊員のようにわが身を危険にさらしながらも一般人の命を救おうとする活動ができるでしょうか?

 救わなければならない人を救えるでしょうか?

 万が一という時のために日頃から訓練を重ねているのでしょうか?

 そもそも、自衛隊が存在していなければいったい誰が行っていたのでしょうか?

 妻や家族、わが子を救うことができますか?

 まして他人を救えますか?

 どこの誰だか全く知らない人を救えますか?

 どんな仕事であっても、自ら選択した職業の任務に邁進する人々に対して、どうして「バカにする」「さげすむ」「忠誠心や誇りを奪う」ような行動や言葉を浴びせることができるのですか?

 「絶対反対!」の立場の人々は、自らの仕事にまじめに精進する自衛官に対して、憎しみを込めて赤い色に染められた旗を振りながらバカにし、蔑み、プライドや忠誠心を傷つけるような言葉を大声で怒鳴っていますよね?

 「絶対反対!」の立場の人々は、あなた方に敵対する立場の人(自衛官)を救えますか?


 何度も言います。


 自衛隊員は「絶対反対!」の立場のあなた方も救うのです。

 彼ら自衛官にも愛する妻や子ども、彼女や両親、家族がいるのです。

 愛するわが子がいるのです。

 一番に救いたい自分にとって大切な人を、最優先に守ることができないのです。

 そして毎日、その時にそなえ、仲間や他人を救うために訓練に明け暮れているのです。

 それが彼らの任務なのです。それがどういうことかわかっていただけますか?

 何度も言います。

 「絶対反対!」ばかり言っている方にそれができますか?

 それだけの覚悟ができていますか?

 
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平和
な世になんで自衛隊なの?って思っている方が大勢いらっしゃいます。

 1192年は鎌倉幕府と試験歴史は解答できても、本当の歴史を全く知らないし、学ぼうとしない若い世代。

 そもそも平和とは何ですか?

 平和について、じっくり考えたことがありますか?

 非武装が必ず平和になりますか?

 白を黒と言う相手に対して、「話せばわかる」とのんきなことを言って「話してもわからない相手」に通じるのですか?

 平和は湯水のようにそこにあるのですか?

 誰かが平和にしてくれるのですか?

 その誰かは誰ですか?

 本当にこの世が平和だと思っていますか?

 犯罪の増加、しかも年々凶悪化と低年齢化が進んでいます。

 殺人事件の増加、しかも親子の殺人は本当によくニュースで目にします。

 見た目のかっこよさや好奇心から深みにはまってしまう大麻などの薬物汚染の高校生、大学生への拡大。

 凶悪犯罪の増加の原因はいろいろあるでしょう。

 経済的な要因、長引く不況もその一因でしょう。

 戦後に生まれた私でさえ、戦後の教育や文化、大人たちの堕落ぶりが目に余ります。

 大人が大人に成熟していない(年齢は大人に達していても精神構造は子どものままという大人)と思うのは私だけでしょうか?

 
 まして最近は、外国人(特に近隣アジア各国人)の凶悪犯罪が目に余ります。

 関東方面の各知事が警察官や入国管理官の増員を緊急要請しました。

 この国をアメリカのように犯罪天国にしていいのでしょうか?

 今や治安維持は警察だけでは対応が難しくなってきているのが現状です。

 これからの国防や危機管理の考え方は、今までのように外敵からわが国を守ることだけでなく、内在してしまった外敵(国益を害することをねらいとする人々や各種団体等)からわが国を守るということも必要となってくるでしょう。

 この国がどんどんダメな国になっていくような焦り・・・

 今後10年後、15年後、どのような国になるのか考えただけでも怖いと思いませんか?

 コンビニの駐車場に座り込んで他人の迷惑も考えず、自分さえよければいいという若者達を見ていると、この若者達が世の中を動かす10年後、15年後は、まともな日本になっているかどうかものすごく不安です。

 つらいことをつらいと言わず、苦しくても苦しいと言わない我慢強い、忍耐強い日本人はどこへ行ったのでしょう。

 昭和の初期に、時代の流れの中でもがき苦しみながら戦わざるを得ない状況下におかれて、負ける戦いとわかっていながら、それでもわが祖国を守ろうとして精一杯戦い、負けて学んだ過去の大戦をなぜ未来に生かせないのでしょう。

 その戦いで失われた大勢の尊い尊い生命をムダにしないように生きなくては、戦って亡くなった方や戦いに巻き込まれた方々に対して何と申し訳が立ちましょうか。

 この国の将来を案じて戦死していった多くの御魂は、この現代社会を見て大いに愁嘆することでしょう。

 こんな国にするために命を捧げたのではない・・・と。

文化
レベルが上がればそれに比例して退廃的な文化も認められてしまうように軟弱になってしまいました。アメリカの良いところをまねても悪いところまでまねする必要は全くないのに、節操なくマネばかりしている日本人。

 日本人としての「美徳」がどんどんなくなっていく焦燥感にとらわれてしまいます。

 世の中がどんどんコンビニエンスされても、日本人の心はいつまでも大切にしてほしいと思います。
 
 鹿威(ししおどし)が鳴っている風景を思い浮かべる日本人は、セミが鳴き、水の流れる音と、時折、竹筒が音を立てるシーンに「静かさ」をイメージします。

 しかしこれは日本人だけが理解できる「わび・さび」の心だそうです。

 こういう感覚を、あなたは持ち得ていますか?

 西洋人や日本人以外のアジア人は、セミが鳴き、鹿威がカンカン鳴ってウルサイと思い、決して「静か」だとは思わないそうです。

 私たち日本人のそういう精神的な部分・・・、繊細な感受性・・・、世界に誇れる豊かな心があるはずです。

 大切にしませんか?

 けっして恥ずかしいものではありません。私たちは日本に生きる日本人なのです。

 平成13年(2001年)9月11日は、忘れられない日となりました。

 「平和」という概念や「戦争」というイメージがこれまでのものとは、全く違う次元のものとなりました。どうやら「戦争」は侵略するための手段だった時代は20世紀で終わったようです。

 この時代、他の国を「侵略」することになんの意味があるでしょう。

 ※いまだに自衛隊は他国を侵略するための組織だと信じ込んでいる非常識な人々がいる事実に呆れてしまいます。

 これからは、領土・領空・領海もさることながら、宗教・テロ・ゲリラ・NBC(核兵器・生物兵器・化学兵器)からいかにわが国を守るかということが最大の焦点となります。

 また、軍事衛星や長距離ミサイル、さらにインターネットに代表されるサイバーテロの恐怖からいかに国民を守るかということも大切なことになるでしょう。

 戦い方も、戦う場所も、守るものも全く今までの戦争とは違うものとなります。この場合、現在の警察組織で、事件の解決、および捜査、治安維持が可能なのでしょうか。

 やはり、自衛隊の質を高め、国家のあらゆる危機に関係機関(警察・消防・海上保安庁等)と連携しながら対応して行ける能力を構築していく必要がありましょう。

 
Writen by TOM中佐
平成12年記す
平成18年一部改
平成19年一部加筆
平成21年一部修正&加筆
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